社労士に挫折した私が、FP3級なら最後まで続けられた理由

資格の勉強を始めたものの、途中で挫折してしまった。
そんな経験、ありませんか?
続けられなかった自分を、「意志が弱いから」と責めてしまってはいないでしょうか。
実は私も、30代前半に社労士の資格を目指して勉強を始めましたが、最後まで続けることができませんでした。
それから数年後、FP3級には最後まで取り組むことができ、無事に合格しました。
同じ「資格の勉強」なのに、なぜ一方は続かず、もう一方は続けられたのか。
振り返ってみると、そこにあったのは意志の強さの差ではなく、当時の自分に足りなかった条件があっただけかもしれません。
今回は、
- 社労士を目指した理由と、挫折してしまった経緯
- FP3級はなぜ最後まで続けられたのか
- 両者の間にあった違いとは何か
について、実際に両方を経験した私の目線で、正直にお話しします。
もし今、資格の勉強を続けることに自信が持てずにいる方がいれば、「自分を責めなくていい理由」が見つかるかもしれません。
30代前半、人事担当だった頃に社労士を目指した理由

社労士の勉強を始めたのは、人事の仕事について1〜2年ほど経った頃でした。
当時の自分は、はっきりとした目標があったわけではありません。
ただ漠然と、このままで良いのだろうかという不安を抱えていました。
人事の仕事をしているのだから、社会保険や労務に関する資格を持っていれば役に立つはずだ。
今思えば、その程度の理由だったように思います。
実務経験もまだ浅く、「この資格を取ってこうなりたい」という具体的な目的があったわけではありませんでした。
それでも、何かを積み上げていないと不安だという気持ちが強く、参考書を買って独学で勉強を始めました。

何かにしがみつきたい、何でも良いから自信をつけたい、
そんな漠然とした動機だったと思います。
社労士の勉強で挫折した理由

参考書を開いて勉強を始めてみると、想像していた以上に高い壁が2つありました。
知識面のハードル
まず感じたのは、専門用語と数字の暗記量の多さでした。
社会人になってから資格の勉強をした経験がほとんどなく、独学のやり方自体にも慣れていませんでした。
加えて、人事の実務経験もまだ1〜2年程度だったため、テキストに書かれている内容と自分の実務経験がうまく結びつかない分野がありました。
例えば、労働基準法の中でも変形労働時間制や36協定、就業規則といった分野は、実際に業務で携わっていたこともあり、テキストを読んでも自分の経験と結びついて理解しやすかったのを覚えています。
一方で、労働安全衛生法のように実務でほとんど関わったことがない分野は、言葉の意味やイメージがなかなか湧かず、読んでいても頭に入ってこない感覚がありました。
同じ社労士の試験範囲でも、自分の経験が及んでいるかどうかで理解のしやすさがまったく違う。
当時はそれを実感しながら、勉強を進めていました。

社労士は労働基準法、雇用保険法、健康保険法や国民年金法など幅広い分野をカバーしています。
当時の私は、圧倒されてしまいました。
生活・環境面のハードル
もう一つのハードルは、目的があいまいなまま始めてしまったことです。
「人事の仕事に役立つはずだ」という程度の理由だったので、いつまでに取得するという明確な期限も決めていませんでした。
そのため、勉強はやったりやらなかったりを繰り返しながら、なんとか1年ほどは続けていたと思います。
そんな時、勉強以外に夢中になれるものが生活の中に増えていきました。
誰しも、仕事や勉強よりも今はこっちを優先したい、と思える出来事に出会うことがあると思います。
それ自体は決して悪いことではありませんが、結果として資格の勉強にかけていた時間や気持ちは、少しずつそちらに移っていきました。
目的があいまいだったからこそ、勉強の優先順位が下がった時に、それを押し戻す理由も見つけられなかったのだと思います。
気づけば参考書を開かない日が続き、そのまま自然と勉強から離れてしまいました。

社労士は、約800〜1,000時間程度の勉強時間が必要と言われています。
明確なゴールを設定していなかった自分にとっては、途方もない時間に感じられました。
数年後、FP3級に挑戦した理由

社労士の勉強から離れてしばらく経った頃、簿記2級を独学で取得する機会がありました。
自営業として確定申告を自分で行うようになり、必要に迫られて簿記の勉強を始めたのですが、これが独学でも最後まで取り組むことができました。
一つの資格を自分の力で取得できたことで、「独学でもやればできる」という感覚が、少しずつ自分の中に芽生えてきました。
そんな時、次に興味を持ったのがFP3級でした。
きっかけの一つは、簿記の勉強を通じて、確定申告や税金の知識がそのまま実生活に直結することを実感していたことです。
FPも同じように、税金や社会保険、資産運用など、生活に関わる知識を扱う資格だと知り、これも今の自分に必要な知識かもしれないと感じました。
また、もともと株式投資に関心があり、実際に投資も行っていたことも後押しになりました。
FPの試験範囲には金融資産運用の分野も含まれており、まったくの未知の分野に挑むわけではない、という安心感もありました。
社労士の時とは違い、今の自分の生活や経験と重なる部分が多い。
そう思えたことが、FP3級に挑戦する後押しになりました。

簿記を取得した成功体験は、自分にとって大きい自信となっていました。
FP3級は最後まで続けられた理由

同じ独学のはずなのに、社労士の時とは違い、FP3級は最後まで取り組むことができました。
振り返ってみると、そこにはいくつかの理由があったように思います。
簿記の勉強で「独学の型」ができていた
一つは、簿記2級を独学で取得した経験があったことです。
参考書の選び方、問題集の進め方、模試を受けずに過去問中心で仕上げていくやり方など、自分に合った独学のスタイルが、簿記の勉強を通じてすでに出来上がっていました。
社労士に挑戦した頃は、独学のやり方そのものに慣れていない状態からのスタートでした。
FPの時は、その土台がすでにあった分、勉強の進め方に迷う時間が少なかったように思います。

何ごとも経験です。
一度資格の勉強をしてみて、自分に合ったやり方や能力を把握するのがベストな選択です。
年齢を重ねて、知識と実感が追いついてきた
もう一つは、これまでの経験と知識が、以前よりも自分の中に積み重なっていたことです。
もともと株式投資に関心があり、実際に投資を行っていたこともあり、金融資産運用の分野には抵抗がありませんでした。
人事の仕事で社会保険や年金に触れてきた経験も、FPの試験範囲と重なる部分がありました。
30代前半で社労士に挑戦した頃よりも、知識と実感がようやく追いついてきた。
そんな感覚がありました。

これは実際に、年齢を重ねてみないと感じられないかもしれません。
色々な知識と経験の点と点が、線になる感覚を味わえるタイミングが必ずきます。
「いつまでに」を自分で決めていた
そしてもう一つ、大きかったのは、試験日から逆算して計画を立てていたことです。
社労士の時は、いつまでに取得するという期限を決めないまま、なんとなく勉強を続けていました。
一方でFPの時は、試験1ヶ月前までにテキストを3周終わらせることを目標に設定。
テキスト1周目、2周目は、勉強を始めるタイミングに応じて、キリの良い月末を区切りに「今月中に1周終わらせる」というペースで進めました。
試験1ヶ月前からは、模擬試験や過去問、苦手分野を中心に、とにかく問題を解くことに時間を使う日々でした。
1日にどれくらい勉強するかは、細かく決めていません。
それよりも意識していたのは、30分でもいいので毎日机に向かうこと。
間が空いてしまうと、もとのペースに戻すのに時間がかかったり、勉強そのものが嫌になってしまったりすることが分かっていたからです。

勉強を始めるなら、あらかじめ試験日を決めておき、ゴール設定した方がスケジュールは立てやすくなります。
また、モチベーションの維持にも役立ちます。
社労士とFP3級、何が違ったのか

ここまで振り返ってみて、社労士とFP3級の違いは、意志の強さの差ではなかったように思います。
簿記の勉強で独学の型ができていたこと。
投資や人事の経験と重なる分野があり、学んでいる内容を自分ごととして感じられたこと。
そして、試験日から逆算して目標を立てられたこと。
この3つが揃っていたことで、勉強を続けることが、それほど苦痛ではありませんでした。
社労士の時は、このどれもが揃っていない状態からのスタートだったのだと思います。
意志の強さがあったかどうかではなく、続けられる状態に自分を持ってこれていたかどうか。
社労士とFP3級の一番の違いは、ここにあったのだと思います。

ただの資格勉強と思わずに、勉強した知識が自分の人生に大きく影響すると思える「自分ごと化」できると、自然と勉強に身が入ります。
まとめ:続けられなかったのは、意志ではなく状態だったのかもしれません

社労士の勉強を最後まで続けられなかったことは、正直、今でも少し苦い記憶です。
でも、FP3級を通じて分かったのは、続けられなかったのは意志が弱かったからではなく、当時の自分に、続けられる状態が整っていなかっただけかもしれない、ということでした。
もし今、何かの勉強や挑戦が思うように続かず、自分を責めてしまっている方がいれば、一度立ち止まって、こんな風に考えてみてほしいです。
独学のやり方は理解しているか。
学んでいることを自分ごととして感じられているか。
そして、いつまでに、という目標を持てているか。
足りないものがあるとすれば、それは意志ではなく、これらのどれかかもしれません。
